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漆の現代性

発酵の記録

突然ですが質問です。皆さんの日常生活の中に漆器は存在しますか?漆器というとお宮参りやお食い初めなど節目節目の大切な行事ごとなどで見ることはあるけれども日常の生活の食卓で使われることはないという方がほとんどではないでしょうか

伝統的な蒔絵なども美術品として存在は認識をしているが、どうも日常の私たちの生活とは結び付かない。かつての私もそうでした。まず高価なものであるし洗い方はどうするのかなどわからないことも多い。そしてなにより私たちの生活にそぐわないというのが一番ではないでしょうか。

ではなぜ漆器は私たちの生活にそぐわないのか?

それは私たちが陰翳というものを失ったからだったように思います。

西洋化する前の日本には陰翳というものがありました。西洋の照明というものは闇を悪いものかのようにあらゆるところを明るくし陰翳を消すことに執着をしましたが、日本はその陰翳を愛し陰翳とともに暮らしがありました。このことを谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」という書物で書いています。

こちらの本では建築や日本のあかり、食器に至るまで多岐にわたって陰翳について考察をされています。極端な西洋化、合理化は日本人が持っていた人の手垢や経年変化、不便さを愛する感覚を根こそぎとろうとしました。蒔絵や漆器なども今の煌々と照らされてた照明の前では実に、けばけばしくありむしろ趣味が悪いくらいに映る時があります。しかし昔の陰翳の中にあるとその姿は全く別物となります。

昨年、虎丘庵で茶事の撮影をした時に道具屋さんにお道具を見立ててもらいました。その時に持ってこられた棚は朱色を基調としたもので部屋の灯りで見た時はどうも主張が強いんではないかと危惧しました。しかし撮影当日、日の光だけでの薄暗い部屋に置いたときにはまるで別物。この場所になくてはならないものになっていました。美とは物体そのものだけであるのではなく物体と物体の陰翳の関係性の中に存在します。

では私たちの生活にまた陰翳を取り戻すことが一番かというとそれはそれで難しい問題です。実際には伝統なども白色より電球色を選ぶ人が多くはなっていますが完全に電気をなくし昔のように月明りと炎のあかりのみの生活に戻ることは不可能です。

それならばと漆器と私たちとの関係性をあたらしく試み始めた漆器が今、出始めています。今の生活に適した漆器。漆器が現代性を獲得しつつあります。漆器は元来、非常に便利な器です。木を使用しているのでとても軽く、漆の塗料は現在の化学塗料に比べて柔軟で強固です。

耐水性、断熱性、防腐性にも優れています。扱い自体を間違わなければ何年も使うことができまた補修も出来ます。今人気が高い漆器もパスタ皿やスープ皿と私たちの食生活に密着した器が多くあります。

日本人は食事の時、お椀を直接手で持ちます。その時に漆器に触れ木と漆の優しさを感じ、料理の温かさを直に感じることが出来ます。汁をすする時、唇を当てますがその触感も味わいとなります。

このコロナ禍で価値観は大きく変わりました。生きている間にどのような時間をすごすか?本当の贅沢とは?豊かさとは?まずはお箸からはじめてみてはいかがでしょうか?

下記に本のご紹介をしておきます。この価格であたらしい見識を得ることができる読書ほどコスパ高いものはないと最近つくづく実感しております。

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